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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1994号 判決

控訴人 三田トク代

被控訴人 加藤清美

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上法律上の主張および証拠の関係は、控訴代理人において、

「一、協議離婚届についても追認が認められることは、民法第七六四条、第七四七条、第一一九条、第一一六条に照らして明らかであり、その追認の方式については、現行法上なんら制限がないから、口頭によると書面によると明示たると黙示たるとを問わないと解すべきであり、また身分行為の特性、当事者の通常の意思、社会生活の安定性等を考慮すれば、その追認の効力は協議離婚届出の時にさかのぼると解すべきである。

二、被控訴人には、次のような事実がある。

1  昭和三六年一一月以来控訴人と別居している。

2  遅くとも昭和三七年七月頃には本件離婚届が提出されていることを知り、そのうえで以下のとおり行動した。

3  昭和三七年七月頃、再婚の準備として身軽になるため、控訴人が昭和三六年一一月頃家出の際残してきた長男を、国立市にある控訴人の実家に預けた。

4  昭和三七年七月頃、訴外斎藤和代を婚姻予定者として訴外渡辺イツに紹介し、かつ自己の住家へ連れてきた。

5  昭和三七年八月二一日、右斎藤和代との婚姻の届出をした。

三、被控訴人のこれらの行為は、控訴人との別居の事実と離婚届の存在とを前提とした行為であつて、被控訴人はこれによつて本件離婚届を明示的に追認したものというべきであり、本件離婚は届出の時にさかのぼつて有効となつた。」

と述べ、被控訴代理人において、

「一、控訴人主張の右二の事実のうち、1および5は認めるが、2ないし4は否認する。被控訴人が訴外斎藤和代との婚姻の届出をした時、すでに控訴人によつて本件離婚届が提出されていたことを知つていたことは認める。

二、身分法上無効な後行行為によつて無効な先行行為を有効化することはできないのであつて、被控訴人と訴外斎藤和代との婚姻の届出は民法第七四二条第一号によつて無効なものであるから、これによつて控訴人がした本件離婚の届出を有効化することはできない。

三、また身分行為については当事者の行為意思が重視されるべきであり、本件において被控訴人は、控訴人がした協議離婚の届出を有効と認める意思表示をなんらしておらず、右斎藤和代との無効な婚姻の届出のみをとらえて、控訴人がした無権代理行為の追認があつたと擬制することはできない。」

と述べ、(立証省略)……ほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一、いずれも公務員が職務上作成した真正な公文書と認められる甲第一ないし第五号証、原審(ただし被控訴人については第一回)および当審における被控訴人および控訴人各本人尋問の結果を総合すると、被控訴人と控訴人とは、昭和三一年一二月挙式のうえ同棲して事実上の婚姻関係を結び、昭和三二年九月六日長男和男が出生し、同年一〇月一日妻の氏を称する婚姻の届出をしたこと、控訴人は、被控訴人が勤労意欲に乏しいうえ控訴人に暴力をふるうので、昭和三五年二月頃家庭裁判所に離婚の調停を申立てたが成立の見込がなく、同年七月二〇日頃これを取下げたこと、その頃被控訴人が控訴人に対し今後暴力をふるわないと約したので、当時身を寄せていた叔母方から戻つて再び被控訴人との共同生活に入つたが、その後も依然として被控訴人から暴力をふるわれたり無理を強いられ、また控訴人が遺産相続によつて得た資金で買い求め夫婦で居住していた住宅を他に処分させられたりしたので、昭和三六年一一月一一日被控訴人の留守中長男和男を残したまま家出して所在をかくしたこと、そして控訴人は、被控訴人と夫婦でいるかぎり被控訴人との間に問題が起つても警察で取上げてくれず、また前記のように家事調停によつても離婚することができなかつたので、なんとか被控訴人との縁を絶ちたいとの気持から、持ち合わせていた印を使用し、控訴人だけでほしいままに作成した被控訴人との離婚届を昭和三七年一月二三日東京都目黒区長宛に提出するに至つたことが認められ、以上の認定を左右すべき証拠はない。したがつて右協議離婚の届出は、被控訴人の意思に基かないでされたものといわざるをえない。

なお控訴人は、昭和三五年七月三一日被控訴人との間において、将来被控訴人が控訴人に対し暴力をふるつたときは、離婚する旨の約束ができたと主張するけれども、その事実を認めるに足る証拠がないのみならず、仮にそのような約束があつたとしても、それだけで控訴人が右離婚の届出をした当時被控訴人に離婚の意思およびその届出の意思があつたとすることができないことはいうまでもない。

二、ところで前掲甲第二号証および公務員が職務上作成した真正な公文書と認められる乙第二号証(以上はいずれも同一戸籍の謄本である)ならびに原審(第二回)および当審における各被控訴人本人尋問の結果によれば、

被控訴人は、昭和三七年春頃には控訴人によつて前記離婚の届出がされていることを知つたのであるが、その後健医会という結婚相談所に行つて戸籍謄本を提出したうえ結婚相手の紹介を頼み、その紹介によつて訴外斎藤和代と知り合つたこと、そして同年八月二一日、控訴人によつてされた右離婚の届出が被控訴人の意思に基かないでされたものであることを承知のうえで、また重婚が罪となることを知つていながら、右斎藤和代との婚姻の届出をしたことが認められる。被控訴人の戸籍吏に対するこの婚姻の届出は、控訴人によつて本件当事者のためにされた本件離婚届出の効果が自己に及ぶことを承認したうえでしたものと考えるほかないのであつて、これによつて法律関係としての夫婦関係を解消するために必要な当事者間の離婚意思の合致が成立し、さきに控訴人のみによつて当事者双方の名義をもつてされた離婚の届出が控訴人によつて追認されたと認めるのが相当である。

原審(第二回)における被控訴人本人尋問の結果中、右離婚の届出を承認したものでないという部分は採るをえない。

もつとも前掲各証拠によれば、被控訴人がした訴外斎藤和代との右婚姻の届出は、同女に被控訴人と婚姻する意思が全くなかつたのにかかわらず、被控訴人においてほしいままにしたものであつたため、同女から婚姻無効の訴訟が提起され、昭和四〇年五月二〇日その無効の裁判が確定したことを認めることができるけれども、これによつて被控訴人がした右婚姻届出の事実がなくなるわけではないから、その届出行為に前記追認の効力を認める妨げとなるものではない。また被控訴人は、原審(第二回)および当審における各本人尋問において、同女との婚姻の届出は、前記のとおり自己の住宅を他に処分したため、不動産屋から妻もいないのだからと強硬に立退きを要求されたので、妻があることにすれば立退かなくてもすむであろうと考え、同女に婚姻の意思がないことは承知していたが、困りはててしたことであると弁解しているのであるが、その弁解自体不自然であつて、にわかに信用しがたいのみならず、仮に右婚姻の届出がその弁解のとおり単に立退きを回避するための方便としてなされた虚偽仮装のものであるとしても、控訴人との離婚が有効にされたことを前提としなければできないことであるから、これによつて前記追認の判断を左右することはできない。

三、そうとすれば、本件協議離婚は被控訴人の追認によつて有効となつたものということができる(最高裁昭和四二年一二月八日第二小法廷判決参照)から、その無効であることの確認を求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを認容した原判決は失当であつて取消を免れない。

よつて訴訟の総費用につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 小林信次 川口冨男)

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